

「空の便り」プロジェクト企画・発案者
KIRIKO Kobayashi
住んでる町:富山県、上市町
生まれた年:1987年
どんな人:
ハワイ文化通訳者、
Hula Dancer
画廊 Galerie JIN and Chiyo`s 窓口
京都芸術大学美術教養学科学生
はじめまして
こんにちは、キリコです。
このホームページをご覧いただき、ありがとうございます。
私は昔から「ちょっと行ってくるね」とバックパックを背負って、ヨーロッパやモロッコへ一人旅に出てしまうような、能天気な性格です。たくさんの旅の中で、さまざまな文化や人との出会いを重ねてきました。
2011年からはスペイン人アーティストの夫と韓国へ渡り、15年間生活しました。
十数年にわたりハワイの先生方から学んできた、自然と自分とのつながり。
そして「Disconnect to Connect」という考え方。
さらに、無人島カホオラヴェ島で自然保護活動に参加した経験。
今は、2025年、夫が地域おこし協力隊として活動することになったことをきっかけに、
縁もゆかりもなかった富山県へ移住し、7歳の息子と猫と一緒に暮らしています。
現在は京都芸術大学で学びながら、アートには人と人をつなぐ力があることを改めて感じています。
このプロジェクトが、様々な人の小さな希望や目標になり、あなたがほんの少し立ち止まり、
自分や土地とのつながりを見つめる時間や、空を見上げる時間、
空を通して私たちは繋がっているという感覚を思い出すきっかけになったら嬉しいです。
そして、一人ひとりの空が集まり、一つの私たちが共有している空になる。
集まった一枚一枚の空が、展示空間の中で一つのアート作品となり、
世界中の皆さんともう一つの共有する空という空間を創造したいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
キリコ
なぜ空なのか?
この「空の便り」プロジェクトは、私の絵描きである母が脳梗塞を患い、そこから立ち上がったことがきっかけです。
2024年、脳梗塞を患い、麻痺した右手で病院の窓から見える空を毎日毎日配膳ペーパーの裏側に描き続けました。そして同じ病室の患者さんたちに絶対退院して展示をするから見にきてね。と約束を交わしたそうです。母はその後退院し、数ヶ月にわたって作品を描き上げ、復活展を成し遂げました。
病室にいらっしゃった幾人かの方は、お亡くなりになり、幾人かの方は、母の展示を見にきてくれたそうです。アートが人を突き動かし、人と人をつなぎ、
希望を生み出す力があることを、私は目の当たりにしました。
そして昨年、上市町で西田美術館の館長さんと出会えたことで、
「やってみよう」と一歩踏み出す勇気をいただき、
少しずつこのプロジェクトが形になっていきました。
空は、年齢、性別、国籍、文化、経験を超えて、
すべての人が共有できるイメージです。
ハワイ文化に精通する Kekuhi Kanahele 氏による、
mele(詩)の理解における ki‘i(イメージ)の分類において、
私たち一人ひとりが心の中に持つ
「イメージの世界」は、三層構造であるとして捉えられています。
(卵の構造 黄身・白身・殻 をイメージしてみてください)
中心には、個人の内面や記憶、感情を映す世界
ki‘i ‘iaka(自己・影・反射)
その周囲には、文化や共同体を映す世界
ki‘i honua(言葉、衣服、食、風習、知識など)
さらに外側には、人類共通の自然的イメージの世界
ki‘i a-kea(空、太陽、風、雲など)
という三つの層が存在するとされています。
これら三層は固定されたものではなく、互いに行き来しながら重なり合い、
そのさらに外側には、伝説や物語、夢といった存在が広がっていると
考えられています。
空は、この三つすべてのイメージの世界にまたがる存在です。
同じ場所で、同じ空を見ていても、人はそれぞれ異なる記憶や感情、
人生をそこに重ねます。
空には正解がなく、無限の解釈が許されています。
本プロジェクトは、個人の「空」が文化を通り、
人類共通の「空」へとつながっていく過程を、
アート(物語や夢)として可視化する試みです。
無数の個人的な空が集まり、やがて一つの大きな空となることで、
人と人、土地と土地、時間と時間が、もう一度結び直されていきます。

story
1987年〜2008年3月
2011年〜2025年3月
1987年横浜に生まれる。ヘルパー2級、美容師免許取得後
オーストラリアにワーホリに出かける。その後
バイトでお金を貯めてヨーロッパ、モロッコ周遊3ヶ月バックパッカーの旅に出る。
スペイン人の夫の仕事で韓国大邱市に移住。2019年長男出産。
2020年Kumu Hula Leilehua Yuenの伝統後継者になる。
2023年カホオラベ島自然保護プロジェクトに参加。
2024年母が脳梗塞で倒れる。
母の復活展をきっかけにアートプロジェクトを考え始める。
2025年3月〜現在
夫が地域おこし隊に就任し富山県に移住。
西田美術館の館長さんと出会う。
京都芸術大学美術教養学科入学。
「空の便り」展に向けて動き始める。
現在に至る。
